このページは、検索向けの解説というより、家族へ残すメモです。自分が今日いなくなっても読めるように、人生で大事にしていることと、その理由、子どもと家族への申し送りを、できるだけ噛み砕いて書いておきます。完璧な遺言ではなく、「自分は何を大事にしていたか」が伝われば十分、と思っています。
サイト管理人読み手が家族であることを前提にしています。同じ価値観である必要はありません。動ける材料として置いておきます。

いま大事にしているもの
優先順に並べると、次の三つです。特別な目標ではなく、日々のなかで自分が「ここを外したくない」と感じている順番です。
- 家族との時間——一緒にいる・話す・過ごす時間そのもの
- 健康——最近は腰痛に悩んでいる。体が動くことが土台だ、という実感
- 安心を得るためのお金——増やし方の話ではなく、不安を減らすためのお金
家族が動くときの目安として書くと、「時間が取れない」「体がきつい」「お金の不安が大きい」のどれかが続くときは、優先順を一度見直す、という使い方で十分です。完璧に守ることより、外したくない順番を忘れないことが目的です。

なぜそれを大事にするか
時間も健康も、有限であり、増えることはないからです。あとから買い足せない、という感覚に近いです。それなのに、資本主義のなかでは搾取されやすく、見失いがちでもあります。忙しさや「もっと」の空気に流されると、上の三つが後回しになりやすい——そう自分は感じています。
だからこそ、意識しておきたい、というのが理由です。家族へのメモとしては、「忙しいから後で」が続きそうなときほど、時間・健康・安心のためのお金の順に戻る、と読んでもらえれば足ります。

子どもへ伝えたいこと
子どもへ残したいことは、次の四点です。長い説法ではなく、覚えておいてほしい芯だけを書きます。
- どんな状況であっても、親は子どもの幸せを願っていること
- 本当に大事なものは、失わないと気づけないことが多いこと
- その大事なものは、すでに持っているものであること
- 足るを知ることが大事だ、と自分は思うこと
言い換えると、「まだ持っていないもの」ばかりを追うより、「すでに手元にあるもの」を見失わないでほしい、という申し送りです。親の願いと、足るを知ることは、セットで読んでください。

家族への申し送り
結果的に自分は、普通の生活を送っていると思っています。それでも、自分にとって大事なことと、世の中の風潮で「皆が大事だと思っていること」を、同一視しないでほしい——それが申し送りの芯です。
あわせて、「普通の人はこうする」「普通はこちらを選ぶ」という価値観や先入観は、追わなくてよい、と思っています。自分は、その「普通」を追いかけないようにしています。普通の生活を送っていることと、「普通はこう」を追うことは、別の話です。
家族が迷ったときの読み方としては、流行や周囲の正しさより、自分たちにとって外したくないものを先に置く。そのうえで、周りと同じである必要はない、と受け取ってもらえれば十分です。
生活とお金の線引き
たった一度の人生なのだから、思いっきりダラダラする——それが自分の線引きの一つです。休むことや、何もしない時間を、悪いことだと見なさない、という置き方です。
もう一つの線引きは、生活の側では可能な限り資本主義から気持ちを切り離して、資産は資本主義に晒し続ける、という分け方です。実際の生活を資本主義から完全に離すのは、ほぼ不可能だと思っています。だから切り離すのは行動の全部ではなく、気持ちのほうに近い。日々のペースや価値観は市場の「もっと」から距離を取り、資産の置き方は市場の側に置く。銘柄や金額の話は、ここでは書きません。家族へのメモとしては、「暮らしの気持ちの置き方」と「資産の置き場」を混ぜない、と覚えておいてもらえれば足ります。

小さく変化し続ける
習慣としては、常に小さくてもよいので変化し続けること。大きな転換より、小さな更新を止めないイメージです。
何かをやめるときは、それに代わる次の何かを始めること。止めっぱなしにせず、次の一歩へつなげる。家族が読むときの目安は、「やめたあとに空白だけが残っていないか」を見る、くらいで十分です。
おわりに
自分はこのような価値観ですが、もちろん同じである必要はありません。家族それぞれが、自分にとって大事なものを見つけてくれれば、それで十分です。
このページは、正解を押しつけるためのものではありません。自分が何を外したくなかったかを残したメモです。迷ったときは、家族との時間・健康・安心のためのお金、そして「自分の大事」と風潮の「皆が大事」を分けて考える——そこまで戻ってきてもらえれば、書けた意味があります。


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