最近、哲学を学びたいと思うようになりました。これから先、経済活動にとって人類は邪魔者になっていき、芸術やスポーツ、ゲーム、哲学、宗教、政治、ボランティアなどが人間の主戦場になると考えているからです。
学ぶなら、まずは入門でいちばん有名なところから。1本目はソクラテスの「無知の知」です。自分の勉強ノートも兼ねて、調べたことと、それについて自分が考えたことを、家族に向けて書いておきます。
サイト管理人哲学はまだ勉強を始めたばかりです。間違って理解しているところがあれば、あとから直していきます。
ソクラテスはどんな人か

ソクラテスは、紀元前5世紀の古代ギリシア、アテナイ(いまのアテネ)の哲学者です。生まれは前470年ごろ(スタンフォード哲学百科事典では前469年)で、前399年に亡くなりました。
意外なのは、ソクラテス自身は一冊も本を書いていないことです。いま私たちが知っているソクラテスは、弟子のプラトンや、同時代のクセノフォン、喜劇作家アリストファネスが書き残したものを通した姿です。そのため「本当のソクラテスはどんな人だったのか」は、研究者のあいだでもはっきりしない部分があるそうです(「ソクラテス問題」と呼ばれています)。
ソクラテスは、広場などで、若い人にも年配の人にも、身分に関係なく話しかけ、問いと答えをくり返しながら「勇気とは何か」「よく生きるとは何か」といったことを一緒に考えていたといわれます。お金を取って教えることはせず、自分は先生ではない、とも言っていたそうです。
最後は、神々を敬わず若者を堕落させたという罪で裁判にかけられ、死刑の判決を受けて、毒にんじんの杯を飲んで亡くなりました。上の絵は、その最期の場面を描いたものです。この裁判でソクラテスが語った弁明を、プラトンがまとめたのが『ソクラテスの弁明』で、「無知の知」の話はこの中に出てきます。
デルポイの神託と、知者たちとの問答

『ソクラテスの弁明』によると、きっかけは友人のカイレフォンでした。カイレフォンはデルポイのアポロン神殿へ行き、「ソクラテスより知恵のある者はいるか」と神託をうかがいます。答えは「ソクラテスより知恵のある者はいない」でした。
これを聞いたソクラテスは、困ってしまいます。自分には知恵があるという自覚がまったくなかったからです。そこで、神託が本当かどうか確かめるために、世の中で知恵があると評判の人たちを訪ねて、問答をして回りました。
政治家・詩人・職人に聞いて回った
最初に訪ねたのは、知恵があると評判の政治家でした。話してみると、その人は周りからも自分でも知恵があると思われているのに、実際にはそうではないように見えました。次に詩人を訪ねると、すばらしい作品をつくるのに、それは知恵によるものではなく、生まれ持った才能や霊感のようなものによっていて、自分の作品についてうまく説明できませんでした。最後に職人を訪ねると、職人はたしかにソクラテスの知らないことを知っていました。ただ、自分の技術に通じているからといって、ほかの大事なことについても自分は知っていると思い込んでいました。
そこでソクラテスは、こう考えます。相手も自分も、本当に大事なことは何も知らないようだ。けれども相手は、知らないのに知っていると思っている。自分は、知らないので、知っているとも思っていない。知らないことを知っているとは思っていない、そのほんの小さな一点で、自分のほうが少しだけ知恵があるらしい(『ソクラテスの弁明』21d。英訳)。
そして、神託が言いたかったのは、人間の知恵にはほとんど値打ちがなく、そのことを本当に分かっている者がいちばん知恵がある、ということではないか、と受け取りました。ソクラテスは、これを神から与えられた務めと考えて、その後も人々と問答を続けます。ただ、知っていると思っている人の思い込みを明らかにしていくやり方は、恨みも買いました。それが、のちの裁判にもつながっていきます。
ソクラテスは、本を書かなかった古代ギリシアの哲学者。言葉は主にプラトンの著作を通して伝わっている。
デルポイの神託「ソクラテスより知恵のある者はいない」を確かめるため、政治家・詩人・職人と問答をした。
知者と評判の人ほど「知らないのに知っていると思っている」。ソクラテスは「知らないことを、知っているとは思わない」。その一点で、少しだけ知恵がある。
出典は、プラトン『ソクラテスの弁明』(21a〜23b あたり)。
「無知の知」は、原典どおりの言葉ではない

調べていて知ったのは、「無知の知」という言い方そのものは、プラトンの本には出てこないということでした。日本では、ソクラテスの考えを表す言葉として「無知の知」が広く使われていて、コトバンク(デジタル大辞泉)でも「自らの無知を自覚することが真の認識に至る道であるとする、ソクラテスの真理探究への基本になる考え方」と説明されています。
ただ、原典の言い方は、さきほどの「知らないことを、知っているとは思っていない」です。「自分は何も知らないということを知っている」と、何かを知っていると言い切っているわけではありません。そのため、日本の研究者の中には「無知の知」という呼び方を避けて、「不知の自覚」と呼ぶ人もいます。古代ギリシア哲学の研究者の納富信留さんは、「無知の知」は誤解で、ソクラテスの立場は「不知の自覚」だと説明しています。
知らないのに知っていると思い込んでいる状態を「無知」、ただ知らないことを「不知」と分けて考えると、ソクラテスが問題にしていたのは、知らないことそのものではなく、知っているつもりになっていることのほうだ、と読めます。この記事では、日本で通じやすい「無知の知」という言葉も使いますが、中身はこの「不知の自覚」のつもりで書いています。
自分が考える「無知の知」

ここからは、勉強を始めたばかりの自分の受け取り方です。研究者の解釈とは違うところがあるかもしれません。
自分は、自分が知らないことを知っているほうが、それに気づいていないよりずっと自己理解できていると考えています。知らないことがある、と分かっていれば、聞くことも調べることもできます。知っているつもりのままだと、そもそも問いが生まれません。
知らないことには、幻想を抱いてしまう
もうひとつ思うのは、人間は知らないことに幻想を抱いてしまう、ということです。やったことのないこと、行ったことのない場所、持っていないものは、実際よりもよく見えたり、すごいものに思えたりします。
だから、一度知っておく、経験しておくことには意味があると思っています。一度知れば、無駄な幻想を抱かずにすみます。そうすると、「もう十分だ」と自分で分かる。つまり、足るを知ることができる。足るを知ることは、自分が家族に残したい価値観のひとつです。自分の中では、無知の知と足るを知るは、この「幻想」のところでつながっています。
初めて経験することは、どれも「自分は分かっていなかった」と気づく経験です。知っているつもりだったことでも、実際にやってみると、思っていたのとは違う。その気づきの積み重ねが、ソクラテスの言う「知らないことを、知っているとは思わない」に近づくことなのかもしれない、と思っています。
自分は「知らない」と言ってしまうほう
自分は、知らないことを聞かれたとき、たいていの場合「知らない」と言ってしまいます。特に最近は、人によく思われようと思っていないので、「知らない」と言ってもあまりデメリットがありません。
サイト管理人知ったかぶりをしても、知らないことが増えるだけ。「知らない」と言えば、そこから知ることができます。
家族へ

子どもたちに伝えたいのは、昔からあることわざです。「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」。コトバンク(ことわざを知る辞典)では、「知らないことをたずねるのは、その場は恥ずかしい気がするが、聞かずに知らないままに過ごせば、生涯恥ずかしい思いをしなければならない。知らないことは積極的に尋ねるがよい」と説明されています。知らないことは、聞けばいい。ソクラテスの話とも、よく合う言葉だと思います。
もうひとつは、周りに合わせて「知っているふり」をしなくていい、ということです。みんなが知っているような顔をしていると、自分だけ「知らない」とは言いにくいものです。でも、同調圧力や周りの目に飲み込まれずに、自分にとって正しいと思える選択をしてほしいと思っています。「知らない」と言えることは、その第一歩になると思います。
知らないことは「知らない」と言っていい。知らないことに気づいているほうが、気づいていないより、ずっと自分のことが分かっている。
「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」。知らないことは、聞けばいい。
知らないことには幻想を抱きやすい。一度知ってみる、やってみると、幻想が消えて「足るを知る」ことができる。
周りの目や同調圧力に飲み込まれず、自分にとって正しいと思える選択をしてほしい。
おわりに
ソクラテスは、知恵があると評判の人たちと話して、「知らないことを、知っているとは思わない」ことの大切さにたどり着きました。2400年以上前の話ですが、知っているつもりになっていないか、という問いは、いまの暮らしにもそのまま当てはまると感じます。
これから少しずつ、哲学を勉強していこうと思っています。ここに書いたのは、自分はこう考える、という話です。家族が同じように考える必要はありません。それぞれが、自分で考えて、自分の答えを持ってくれたらいいと思っています。
最終見直し日:2026年11月2日
出典
内容は、2026年11月1日に次のページで確認しました。
- Stanford Encyclopedia of Philosophy「Socrates」(2022年5月改訂)
https://plato.stanford.edu/entries/socrates/ - プラトン『ソクラテスの弁明』21d(Perseus Digital Library、H. N. Fowler英訳)
https://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus%3Atext%3A1999.01.0170%3Atext%3DApol.%3Asection%3D21d - コトバンク「無知の知」(デジタル大辞泉・ブリタニカ国際大百科事典・世界大百科事典)
https://kotobank.jp/word/%E7%84%A1%E7%9F%A5%E3%81%AE%E7%9F%A5-140612 - テンミニッツ・アカデミー 納富信留「ソクラテス「無知の知」は誤解?真の意味は「不知の自覚」」
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=2629 - コトバンク「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」(ことわざを知る辞典)
https://kotobank.jp/word/%E8%81%9E%E3%81%8F%E3%81%AF%E4%B8%80%E6%99%82%E3%81%AE%E6%81%A5%E8%81%9E%E3%81%8B%E3%81%AC%E3%81%AF%E4%B8%80%E7%94%9F%E3%81%AE%E6%81%A5-2236121 - Wikimedia Commons「David – The Death of Socrates.jpg」
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:David_-_The_Death_of_Socrates.jpg - Wikimedia Commons「Delphes, Grèce. Temple d’Apollon. Six colonnes.jpg」
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Delphes,_Gr%C3%A8ce._Temple_d%27Apollon._Six_colonnes.jpg - Wikimedia Commons「”The School of Athens” by Raffaello Sanzio da Urbino.jpg」
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:%22The_School_of_Athens%22_by_Raffaello_Sanzio_da_Urbino.jpg

